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昭和60年 研美展

1984年の京王、1986年の東横。たてつづけに研美展を開催していた。
1986年、昭和60年は、父が今の私の歳。完暦、60歳だった。

写真は、三世家元夫妻ご順覧の時のもの、オープニングパーティーのため、着つけに行き.. 当時スッピンで出歩いていた私の徹夜明けのボロボロの顔にメイクもしてくれた、そのプロの技に驚いたこと覚えています。
この頃から私は、研美のスタッフとして働き、本格的にいけばなに向き合いはじめました。
サプライズで、父の完暦のお祝いを企画し、花展の制作をしながら、父に隠れて、伯父工藤昌伸も巻き込んで、先輩達とスライドショーやプレゼントの順備をしました。この時、私は「師匠のおじょうちゃま」から「内弟子の末席」に身を転ずることになりました。
0歳児だった、初孫の光一とお揃いのカーディガン。背番号が60と0。
父が受けいれてくれるか、怒らないか、嫌がらないか、ドキドキでしたが、ニコニコ着てくれて、光一を抱いて喜こんでくれました。いい想い出です。
研美展の準備で、当番表やお弁当の手配から父と母の作品の制作まで、「自分の作品を創る時間がない!」と悲鳴をあげた私に、父が「おまえがこれから花をやっていけば、いやという程、発表の場はある。おじちゃまとママには、研美展しかないんだよ。あの2人は僕たちよりよっぽど花が好きなんだ。」と。自分のせいで、というニュアンスでした。花が大好きで、才能もあった2人が、華道家工藤和彦を輝かせるために、実作者から身を引いた。犠牲にしてしまった、そんな風に父が思っているのだとはじめて知りました。

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